“映像の魔術師”を支えた名作曲家
監督と作曲家の名コンビとして有名なのは、デ・シーカとチコニーニ、ヒッチコックとバーナード・ハーマン、クロード・ルルーシュとフランシス・レイなどがあげられますが、やはり横綱クラスはフェリーニ=ロータの2人です。イタリアが誇る名監督として「道」「カビリアの夜」「甘い生活」「8
1/2」「アマルコルド」など数々の名作を手がけたフェデリコ・フェリーニ(1920年イタリアのリミニ生まれ)と、1952年「白い酋長」以来生涯フェリーニの全作品を担当した故ニーノ・ロータは、仕事を越えた無二の親友でもありました。ロータは1911年のミラノ生まれで、8歳より作曲を始め、作曲家としては交響曲、室内楽曲、声楽曲を残す一方、音楽教育に力を注ぎ、そして映画の分野では「太陽がいっぱい」「ロミオとジュリエット」「ゴッドファーザー」など数々のヒット曲を生んでいます。しかし、彼が映画分野に残した優れた功績の多くはフェリーニの作品のなかに見られます。フェリーニ自身はロータを称して「一番大切な仲間は、迷うことなくすぐ名前がでるが、ニーノ・ロータである。我々2人には初めて出会って以来、全面的に深いお互いの一致が存在していた。」と語っています。
「道」「カビリアの夜」「甘い生活」「8 1/2」の作曲手法
フェリーニの作品を見ると、彼の個性があまりにも強いために音楽の印象が薄いと感じるかもしれません。しかし、裏を返せばロータの音楽は、フェリーニの作品の一部として完全に同化しているため、観客は映像と音楽を同時に“観ている”と言えます。ロータの音楽が、決して覚えにくいとか難解というわけではありません。非常にメロディアスで郷愁を感じさせる曲が多いのも事実です。フェリーニはロータに関してこうも言っています。「…音楽のテーマを指示することは、私の仕事ではない。私は作曲家ではないが、自分の映画に関しては明確なアイデアを持っている。ニーノとの仕事はシナリオの推敲と全く同じように行われる。例えば、ニーノはピアノの前に座り、私は側について自分が望むものを彼に正確に伝える。メロディーを具体的に指示するわけではないのだが、ただ自分が考えていることを話し、ニーノをそれに導くのである。」
次にロータから見たフェリーニ像を追ってみます。ロータいわく「音楽家にとっていい監督とは、アイデアの“種”を提供してくれる人である。フェリーニ、フランシス・コッポラ、ルキノ・ヴィスコンティはそういう監督である。」また、ヴィスコンティとフェリーニを比較して“ヴィスコンティの作品は劇場的であるが、フェリーニのそれはとても映画的である”そして、最後に「私にとってフェデリコは、仕事ではなく時間つぶしの相手です。…彼とは何時間も2人で音楽を楽しめました。」
「道」のジェルソミーナのメロディ
フェリーニの作品のなかで、ロータの音楽の素晴らしさを言葉で表すのはとても難しいことですが、例えるならば、ポップスのヒット曲を網羅したはやりの映画スタイルではなく、1つのテーマ曲を何度もバリエーションを変えながら、映画の要所要所に使い、作品全体としてその映画の印象を強めるような音楽、最近の映画では「ニューシネマパラダイス」で使われたエンニオ・モリコーネの映画音楽のスタイルがよく似ています。具体的に例をあげますと、名作「道」を考察するとわかりやすいでしょう。“ジェルソミーナのテーマ”として名高いトランペットの哀調なメロディは、映画のなかでは非常に抑制された使われ方をしています。メインタイトルに断片的に登場し、旅芸人ザンパノとバイクで移動する時に何度か流れ、ジェルソミーナ自身がラッパで吹き、そしてザンパノが彼女を捨てた後、しばらくして通りがかった村でも、その村の女がこのメロディーをハミングしているのが聞こえてきます。しかし、ラストシーンのクライマックスで、ジェルソミーナの死を知ったザンパノが海に向かってむせび泣く場面では、曲は流れず、ただ波の音だけがスクリーン上に残り、エンディングを迎えます。「道」を見た人はこのジェルソミーナのメロディを決して忘れないでしょう。ロータのフェリーニ映画のサントラ盤は、単独に大ヒットしたことはなかったのですが、今でもいくつかのサントラ盤が発売され、根強く多くの人々に愛されています。